【注目】ベーシックインカム制度の実現可能性?

お金・金融

未曽有のウイルス危機に見舞われている中で、時短労働や解雇、就職難など経済面だけではなく雇用面にも大きな影響を及ぼしており、現在でも新種が発見されるなどまだまだ予断を許さない状況が続いております。

一方で、感染拡大による経済状況の悪化をきっかけに注目が集まった制度があり、それがベーシックインカム制度です。

今後わが国にて取り入れられるかはわかりませんが、もし実現した場合、私たちの生活は変わる可能性があるので、今回はベーシックインカム制度とその期待と懸念について見ていきたいと思います。

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ベーシックインカムって?

ベーシックインカムとは、国民の生活を最低限保障するために年齢・性別・職業・収入などに関係なく、国が一律で現金を支給する考え方のことです。

ベーシックインカムの発端

この考え方自体は最近になって起草されたものではなく、1516年にイングランドの思想家であるトマス=モアの著書『ユートピア』が始まりだと考えられています。一度くらいは聞いたことがある方もいるかもしれませんが、彼は如何にして泥棒を減らす方法として無条件のベーシックインカムを唱えました。

その後時代を経て、1576年のエリザベス一世による救貧法(エリザベス救貧法)、1748年フランスのモンテスキューが著書『法の精神』の中で、「国は国民全員に対し、安全な衣食住と健康を損なわない生活様式を保障する義務を負う」と主張しました。

また、1790年になるとトマス=ペインら自然法思想論者による高齢者と小さな子どもを持つ親たちを支援すること、フランスのニコラ・ド・コンドルセは、「貧困と不平等を削減する社会保障の一つの形態」としてベーシックインカムを支持しています。

これらの考え方が欧州で浸透し始め、現在の社会福祉・社会保障の基盤となり、1880年頃、現在のドイツの初代首相ビスマルクによって、年金、健康保険制度などが出始めます。(ただしこれは厳密に言うとベーシックインカムではなく社会福祉の一環としての位置づけ。)

生活保護との違い

似たような制度で生活保護というものがありますが、基本的には違うものだと考えてください。

生活保護は事前に資産や就労可能な状況かどうかの審査などが行われ、この審査に通らないと支給が受けられないようになっています。審査が通れば必要最低限度の支給に加えて、住民税や所得税、保険料などが免除されるという仕組みになっています。

ただ、ベーシックインカムのように全国民への支給ではなく、あくまでも生活に困窮している方に限定し、個々の程度に合わせた支給がされていますので、収入が増えると、保護費が減額となったり打ち切りになるという違いがあります。またベーシックインカムは収入の増減に関わらず一定額を支給する制度ですが、生活保護は収入が増えると、保護費が減額となったり打ち切りになるという違いがあります。

ベーシックインカムへの期待

もし仮に、無条件で定期的に国からお金が入ってくるとしたらこれを断る人はいないですよね。

ではまずベーシックインカムが導入されたとして期待されることは何なのか見ていきます。

失業の不安から抜け出せる

ベーシックインカムは生活していくにあたり必要最低限の保障を国がしてくれるわけですから「いつでも会社を辞められる」という選択肢を得られることになります。

毎日顔を合わせなければならないイヤミな上司や、ブラックな環境下にいたとしてもべーシックインカムという後ろ盾があればこういう不安は少し和らぎそうではありますよね。

格差が緩和される

国民のみなが一律に給付を受けられるということは、金銭的な格差は解消方向に向かうでしょう。例えば毎月10万円が支給されるとして、お金持ちに支給される10万円よりも貧困層に支給される10万円の方が恩恵はあります。

挑戦できる機会が増える

失業の不安とつながる部分ではありますが、今の環境を変えるために新しいことに挑戦する機会が増えるのではないかと思います。

時間はみな24時間平等ですが、やはり時間はあってもお金がないためにやりたいことができない人は多くいるのではないでしょうか。

例えば、働きながらなにか副業をしてみるとしても、ランニングコストがかかるためどうしても一歩が踏み出せなかったりする人は一定数いると思います。特に、すでに家庭をお持ちの方は家族のことを考えるとチャレンジしづらかったりしますが、最低限の保障があるとしたら安心してチャレンジできるのかなと思います。

少子化の解消

個人的に一番期待したいのが子供が増えることです。厚生労働省は、2021年の出生数が84万2897人だったと発表しており、2020年と比較すると2万9786人(3.4%)減り、6年連続で過去最少を更新しています。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、婚姻数が減り妊娠を控える動きも強まったとしています。

合計特殊出生率(15歳から49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもので、1人の女性が仮にその年次の年齢別出生率で一生の間に生むとしたときの平均子ども数)は依然として1.3から1.4を推移しており、望ましいとされる2.0強とはかけ離れているのが現状です。

おわかりかとは思いますが、これは子どもが欲しくないという人が増えたのではなく、経済的に子どもを育てていく余裕がなかったりといった消極的な理由によるものが多いことです。

複雑な社会保障制度の簡素化

社会保障に詳しい方から見ても「えっ、これどういうこと?」と思うようなことはたくさんあります。社会保障制度は、そのときの社会情勢に応じて法改正を繰り返してきているので、どうしても矛盾が生じてしまうところがあり、何も知らない一般の方からしたら難しすぎてよくわからないといったことは往々にしてあるはずです。ましてやわが国は税金や社会保険について学ぶ機会は限られていますからね。

ベーシックインカムはそういうややこしいことから解放されるわけですから仕組みとしてはとてもシンプルになり、誰が見ても明確化されやすいといえます。

ベーシックインカムへの懸念

ここまで見ると良いことずくめのいい制度に思えますが、これが簡単に実現できていたら、今のような世の中にはなっていないですよね。すぐに導入できないのはそれなりの理由があるということです。

財源をどう工面するのか

ベーシックインカムが議論されることはいいことだとは思いますが、問題はそのお金をどこから調達して支給するのかです。

人口が約1億2000万人として、これらみなに生活に必要な最低限度の金額を支給しなければいけませんので、月に1,000円づつ配ります!と言っても生活できなければ意味がありません。

また、ここ数ヶ月を見ても異常な円安、物価の上昇に伴い生活にかかる費用が増加傾向にあります。そのような環境の変化に柔軟に対応できるのかが問題となります。

就労へのモチベーションの低下につながる

これは、個々人の性格や考え方に影響されますが、最低限の保障が確保されるとなると就労への意欲が下がることがあげられます。

ただでさえ会社に出社して座ってるだけで給料がもらえている謎の労働環境もあったり、同じ仕事をやっているのに年齢や勤続年数で差が出ているような環境下では、もうこれ以上働きたくないと思うような人が出てきてもおかしくありません。

給付対象者の公平な選別

生活に必要な金額を国が給付する場合、全員に同じ金額を支給することが公平と言えるかということです。

例えば、日本国籍が必要なのか否か、日本国籍はないけれど日本国内に住所を有している、永住者、技能実習生、生活保護世帯、障碍者世帯など、これらをすべて同じとして考えていいものなのでしょうか。これらの組み合わせが発生しているパターンなど個々人によって最低限度の生活費は変わるので、この選別はどうするのはが課題といえます。立場の違いによる差別や対立といったことも考慮しなければなりません。

ベーシックインカム導入事例

ベーシックインカムの導入を実際に試みている国や地域があります。欧州ではフィンランド、オランダ、スイス、イタリア、ドイツ、あとはカナダオンタリオ州、アメリカロサンゼルス市など。

それぞれ条件は異なりますのでそれを踏まえた上で一部をご紹介します。

フィンランド共和国

フィンランドの人口は約553万人を日本と比べて圧倒的に少ないものの、国土面積がの日本の約9割、国土に占める森林地帯が約7割とほぼ同率、合計特殊出生率は1.4と日本と共通点が多い国です。

kanariyaくん
kanariyaくん

フィンランドの人口は北海道の人口とほぼ同じくらいです。

実験内容

・2017年から2018年の2年間限定でベーシックインカムの導入実験
・無作為に選ばれた失業中の2,000人に対し、ひと月あたり失業保険とほぼ同額の560ユーロ(約7万円)を支給し、雇用状態や健康状態にどのような変化が起こるかが観察する

実験結果

2019年に公表された暫定結果によると、ベーシックインカムの給付によってフィンランドでは

雇用には大きな影響が見られなかった
健康・ストレス面では問題が明らかに少なくなった

とのことです。フィンランド政府はこの試験運用を延長することなく終了しています。

本格的な導入にはまだ時間がかかるかと思いますが、まだこれからも別の形で実証実験が進んでいくものと思われます。

カナダ(連邦)

カナダでは2017年、当時のキャサリン・ウィンカム首相のもとでベーシックインカム導入実験が行われました。

実験内容

・オンタリオ州の貧困層約4,000人(全住民の約13%)が毎月無条件でお金を受け取る
・期間は2017年7月から3年間限定
単身者年間1.7万カナダドル(約139万円)、夫婦年間2.4万カナダドル(約196万円)支給
・労働収入がある場合、最大で収入の半分が減額

実験結果

残念ながら未発表となっています。

これは、新しく就任したタグ・フォード首相の決定により、約1年で中止となってしまったからです。その理由はコスト面にあり、新政権の子ども・コミュニティー・ソーシャルサービス大臣のリサ・マクラウド氏は取材に対して「導入実験は費用がかかり過ぎて、オンタリオ州の家庭に対する施策になっていない」と明かしています。

規模としては世界最大級の試みでしたが、このベーシックインカムプログラムについて、「4,000人しか含まれていない研究プロジェクトは、200万人近くが貧困状態にあるオンタリオ州にとって、適切な解決策ではない」という一部の批判がありました。

スイス連邦

スイスでは2016年、ベーシックインカム導入の是非を問う、国民投票が実施されました。スイスでは有権者10万人の署名を集めれば国民投票を行うことができます。

導入推進派が「貧困撲滅」などを訴えて署名活動を行う一方、反対派は「コストがかかり過ぎる」「労働意欲を削ぎ、生産性が低下する」と主張し、連邦政府も反対の立場をとっていました。

国民投票では、投票率が46.3%となり、賛成23.1%、反対76.9%と大差で否決という結果でした。

制度の導入以前に実験を行うことすらかなわなかったのですが、日本で国民投票を行うことができるケースは憲法改正の手続きにおいてのみのため、有権者全員の意見を反映されたケースとしては一定の価値はあったのではないでしょうか。ちなみに、このようにベーシックインカムの是非を国民全体に問うという事例は世界初のことです。

ドイツ連邦共和国

最後に正式なものではないもののドイツでの実証実験を紹介します。

ドイツでは2016年スイスでのベーシックインカム国民投票事例を受け、政府や民間でさまざまな議論が行われています。肯定派、否定派がそれぞれいますが、その理由は先に述べたベーシックインカムの期待と懸念によるものとほぼ同じところに集約されます。

原則として、無条件でのベーシックインカムの試みで、ドイツに居住権のある18歳以上の人ならだれでも調査に参加申請できるという仕組みをとっているようです。この制度は2021年の春に支給が始まっているようです。3年間の調査期間中、各参加者は、雇用、時間の使い方、消費行動、価値観、健康などについてオンラインでの質問に回答することになりますとのことで、こちらはまだ結果等が出ておりません。

今後日本での導入の可能性は?

さて、ここまでベーシックインカムの仕組みと諸外国の取り組みを見てきました。どの国も導入に向けて動き出していることは間違いないのですが、有益な実証結果が得られているのはフィンランドだけということになります。

ただ、フィンランドは対象者を失業者に限定したり、約7万円(フィンランドは日本とほぼ生活水準は変わらないそうです)というビミョーな金額と、「全国民を対象とした最低限度の生活保障」という日本国内における意味でのベーシックインカムの定義とは少しかけ離れているため、諸外国においてもベーシックインカムの導入はそれなりのハードルがあることが窺えます。

そうなると、人口が多い日本で実際に導入されるかというと少し現実味に乏しいような気がします。約2年前に10万円の一律給付を行ったときは申請方式でしたが、このときもバラマキではないかとの批判の声も一部ではありました。

今夏、参議院議員選挙が控えており、ベーシックインカムについて話題になる可能性があるので今後どうなっていくのか見守りつつ、「ユートピア」で終わらないようしっかり議論していただきたいと思います。

参考

21年の出生数、過去最少84万人 コロナ禍で少子化加速(日本経済新聞)
カナダ・オンタリオ州の新政権、世界最大規模のベーシックインカム実験を打ち切る(BUSINESS INSIDER)
ドイツで無条件ベーシックインカムの実証実験が始まる

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